ティータイム

『また、頑張ろう!!』そんな勇気を与えてくれる金言

2019-2-21 NEW!

 
昨年12月20日放送のカンブリア宮殿『快適&便利の殿堂!ホームセンターSP~魅惑の店と驚き商品作りの舞台裏~』の回、ご覧になられましたか?

 

1970年代初頭、全国で幾つかの店が現れ拡大を始めたホームセンターは、様々な進化を遂げてきました。当初、日曜大工用品を中心に売るお店でしたが、その後、キッチンから掃除、洗濯などの生活用品、さらにはキャンプなどのアウトドア用品など…数多くのジャンルに品揃えを広げ、店舗は急増。80年代後半には1兆円市場へと成長し、今や4兆円市場となっているとか。

 

そんなホームセンターの拡大に一役買ってきたのが、新潟・三条市のパール金属。キッチン、リビング商品からキャンプ用品まで実に5万アイテムをホームセンター向けに販売し、毎年2,000もの優れたデザインや斬新なアイデアの魅力的な新商品を産み出しています。キッチンなら包丁からまな板、皿まで、そのジャンルを一括で品揃えすることで、商品を膨大に並べたいホームセンターのニーズを掴んできたんだとか。

 

創業者の髙波会長は、ステンレス製おたまの開発を皮切りに、様々な商品をヒットさせてきた人物で、20代の時にフランス視察で見たキャンプ文化から、バーベキュー用コンロを開発、日本に広く普及させた立役者なんだそうです。その商品開発スタイルも・・・実に、ユニークで、パール金属の開発者たちはバイヤーの要望を聞くと、すぐに思いついたアイデアをスケッチ。商品開発部のトップに見せると殆どの企画が通って、スピーディーに商品化へと進んでいきます。他のメーカーのような開発会議は一切しないのです。

 

毎日商品開発される提案は、その7割が商品化。「売れるか否かは出してみないと分からない。出さずに判断するのはナンセンス。」と言い切ります。デザインも自社で製作し、約300もの地元の金属やプラスチック加工業とタッグを組み、他に無い品質の商品でホームセンター市場を活性化させてきました。

 

口下手の営業マンだった会長さんは、休みの日に企業の手伝いを1日頑張ると、大量の注文になって返ってきたんだそうです。「大切なのは売ろうという気持ちではなくて、お客さんの役に立つ…お客さんの為に頑張ること…信頼を勝ち取ること」と話しておられました。

 

今、ホームセンター業界で圧倒的な強さを誇るのが、お客様目線にトコトン拘って、船団方式で出店してきたコメリ。なんと15年の間に店舗数を1,200店舗に倍増させ、年商3,400億円に駆け上がってきたそうです。船団方式とは、大きな店舗と中規模ないくつかの店舗を船団の様に地域に出店し、大きな店舗で多品目を抱え、小さな店舗はエリアの特性に見合った品ぞろえを行って、不足なものは大きな店舗から補充して損傷なく利益に繋げていくというもの。

 

1952年に創業した米利商店が前身で、1977年、2代目の捧賢一氏によってホームセンター事業に参入。地域ごとの農作物に合わせた圧倒的な品揃えと、農具の掛売りなど、ホームセンターの常識を壊す「農家ファースト」で多くの農家を熱狂的な顧客に変えてきたそうです。そんなコメリには、なんと年間11万足を販売する長靴など、日本一の販売シェアを持つ商品が1,000種類もあるんだとか。

 

そんなコメリの社長に2003年になったのが創業家の娘婿・捧雄一郎氏。「数字は追うものではなくて結果だ」と先代から言われて引き継ぎ、「他が売らないものを売れ!」「お客さんに評価されているか?・役に立てているか?」そんな事を意識して頑張って来られたそうです。ホームセンターにもかかわらず「農家の作物を売ってくれる」と農家の人の笑顔が印象的でしたし、船団方式を取って、コストを削減することで、田舎にまで出店してくれる有りがたさ。素晴らしい会社でした。

 

年末スペシャル御二人の社長の金言は、こうでした。

 

『お客のために頑張れば 必ず注文は来る』

 

『「楽に売れない」から価値がある』

 

「人の為に力を尽くせば、必ず報われる時が来る」…「物事は簡単に成し得ないからこそ、頑張ろうという気持ちに繋がる」・・・なかなか物が売れずに気が沈みかけている営業マンのみならず、挫折しそうな人であったり、負け続けて気持ちが沈みかけている人にとっても・・・

 

『よし! また、頑張ろう!! 』

 

そんな勇気を与えてくれる御二人の金言でした。

 

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情けなく恥ずかしくもある首相の言動・行動にガックリするばかり・・・

2019-2-20 NEW!

 

所詮ひとり言で、何の影響力も産み出せませんが・・・つい先日・・・

 

安倍首相が昨年8月22日の日米電話協議の際にトランプ米大統領から依頼され、あの様々な差別を助長し、世界を混乱に陥れているトランプをノーベル平和賞候補に推薦していたという事がニュースで取り上げられていました。日米外交筋が明らかにした事ですし、これまでの行いから疑う余地もありませんが、何でまた、あんな人を推薦できるのでしょうか・・・。

 

核拡散防止条約の時も・・・同じでした・・・。

 

生物兵器、化学兵器、地雷、クラスター爆弾、これら非人道兵器は、国際的に使用が禁止されている条約がありますが、核兵器を禁止する条約は、未だ存在していません。その前段階とも呼べる核拡散防止条約についても、唯一の被爆国であり、核の恐ろしさを訴えてきた日本であり、107の国々がオーストリアの提唱した核兵器禁止文書に賛同していても、日本は賛同できず、核を否定できていません・・・。

 

つい先日も・・・

 

自民党が作り上げた腐敗しきった政府のお掃除に振り回された民主党に対して、安倍首相が「悪夢のような民主党政権」発言をし、発言撤回を求められた首相が「自民党総裁として言論の自由がある」と答弁し、撤回を拒否していました。国のトップが『言論の自由』を自身の為に口にするとは・・・。

 

まるでトランプのような発言に、ただゾッとしたのでありました・・・。

 

「なんなん?この人?こんな首相が日本のトップだなんて・・・。」

 

なんなん???

 

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酷いSNS投稿をするバイトテロやお客テロ、刑事罰で一掃して欲しいもの

2019-2-15 NEW!

 

男性アルバイトが回転寿司店内で不適切な動画を撮影してインターネット上に投稿したとして運営会社が謝罪したことについて、辛口で知られる落語家の立川志らくさんが、コメンテーターを務めるTBSの情報番組「ひるおび!」で「損害を金額にして請求すべき」と主張していました。

 

そして、回転寿司の運営会社は翌日、インターネット上で話題になった“不適切動画”を投稿した従業員2人に対する処遇を発表。翌日で退職処分にしたのと同時に、刑事、民事での法的措置の準備に入ったことを明かしました。悪質な動画による客離れを考えれば、全国展開している企業だけに、かなりの被害額になるものと思われるので、それなりの重い罰が下るよう注目していたいと思います。

 

同社は厳しい態度に出た理由として、「お客様、株主様、お取引先様に対し上場企業としての責任を果たし、全国で共に働く約33,000人の従業員の信用回復のため」と、「多発する飲食店での不適切行動とその様子を撮影したSNS投稿に対し、一石を投じるため」としています。

 

立川志らくさんのコメントが活かされたのかどうかは知りませんが、当然の対応だと思うし、モラルのない人たちに、自分が犯した罪の重さをしっかりと認識してもらいたいと思います。世の中の厳しさ、罪の重さをしっかり自覚してもらい、しっかり更生してもらいたいと思います。

 

今年に入ってからも、1月以来、牛丼チェーンの従業員が調理器具を股間に当てる動画や、カラオケ店の店員が唐揚げを床に擦り付ける動画など、飲食店従業員による不適切動画が連日拡散される事態が続いています。また、こうして制裁の動きが始まろうとしても、今度は、回転寿司で回るお寿司の中にお客が異物を入れる動画がSNSに投稿されたりもしています。

 

立川志らくさんは番組の中で「バイトはクビになったって他のバイト行けばいいけど、物凄い損害を受けるわけでしょ、イメージだけで。それはある程度、金額にして請求すべき」と指摘。その理由について「こういう事やったらものすごい自分は損をするんだってね、そうしないと、こういうイタズラっていうのは、みんな頭悪いから大丈夫だろうってやっちゃうの、こいつら。だけど『1億円の損害です』っていって取られちゃったりしたらやんなくなるでしょ。分かんない奴はそういう厳しい罰を与えないと」と説明していました。

 

全く同感です。我が家も、そんなに裕福な訳でもないし、気軽に行ける回転寿司は、よく利用させてもらっています。私だって、悪質な動画を見てしまうと、店に行く気持ちが遠のいてしまいます。バイトテロとまで言われる悪質な行為…ただの御ふざけでは済まないんだってことを思い知らせて欲しいし、やはり刑事罰として、しっかり【犯罪者】として罰して欲しいと思います。

 

今朝報じられていたお客のテロ行為も同じです。つい先日、回転寿司に行ったばかりの私は、そんな動画を見せられて、朝から不愉快な思いをさせられて…。あの異物混入のお寿司が、小さな子供や体の弱いお年寄りの口に入らず、廃棄されている事を願うばかりです。身体に良くないものを入れられたりしたらと思うとゾッとしてしまいます。

 

こうした怒りや不安、不愉快な気持ちを何処に持って行けば良いのでしょうか? 私まで訴えたい気持ちになりましたよ。ましてや、美味しい物を安く提供しようと頑張っている人たちに対しては、計り知れないほどの怒りに繋がっているものと思います。嫌がらせに負けないでくださいね。応援していますよ!! そうした悪質な行為に遭遇した方、何としても阻止していきましょうね!!

 

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【人生100年時代を生きる】…課題ばかりの最終回

2018-12-21 NEW!

さてさて【人生100年時代を生きる】も、今回で最終としたいと思いますが、ここからはテレビとは無関係です。

 

迫りくる長寿化時代に備え、戦略的な人生の過ごし方を説いた『LIFE SHIFT(ライフシフト)100年時代の人生戦略』(東洋経済新報社)という本が話題になっているそうです。そんな中、平成29年9月11日に第1回【人生100年時代構想会議】なるものがスタートしています。これは、人生100年時代を見据えた経済・社会システムを実現するための政策のグランドデザインに係る検討を行うため、内閣総理大臣の安倍晋三が議長を務める会議です。

 

人生100年時代構想会議の具体的なテーマは、こうです。
① 全ての⼈に開かれた教育機会の確保、負担軽減、無償化、そして、何歳になっても学び直しができるリカレント教育
② これらの課題に対応した⾼等教育改⾰・⼤学にしても、これまでの若い学⽣を対象にした⼀般教養の提供では、社会のニーズに応えられないのではないか。
③ 新卒⼀括採⽤だけでない企業の⼈材採⽤の多元化、そして多様な形の⾼齢者雇⽤、これが有能な⼈材確保のカギであり、企業にしてもこれまでの新卒⼀括採⽤だけではやっていけない。
④ これまでの若年者・学⽣、成⼈・勤労者、退職した⾼齢者という3つのステージを前提に、⾼齢者向け給付が中⼼となっている社会保障制度 を全世代型社会保障へ改⾰していく。

 

そして、今年の6月、基本構想が打ち出されています。詳しくは、こちらで・・・
【人づくり革命 基本構想 平成30年6月】

 

日本は世界トップクラスの長寿国で、今や男性の4人に1人が90歳、女性の4人に1人が95歳まで生きる時代。超長寿化時代を謳歌するには、マネープランについても「人生100年」を視野に入れる必要がありそうです。いや、肝心なのは、生き抜くためのお金…。自分が何歳まで生きられるのか、統計データをチェックし、ある程度の目測を立てること。

 

日本人の平均寿命は、男性は80.98歳、女性は87.14歳(厚生労働省 2016年)。長寿化によるマネープランへの影響は避けがたく、リタイア後の収入は年金だけで十分なのか?気になるところです。当たり前の事ですが、人生100年時代となると、お金も100歳まで備える必要が出てきます。

 

あるシミュレーションによると、夫が50歳時点で700万円あった貯蓄残高は、子供の教育費の負担により一旦減少。子供が社会に出て自立していくと微増に転じ、退職時に退職金でピークに達します。65歳以降は年金生活となり貯蓄残高は徐々に減っていきます。そして・・・なんと75歳にして遂にマイナスに転じてしまうのです。

 

このシミュレーションを改善する為の中身はこうでした。50歳時点の貯蓄残高を1,500万円。65歳からは生きがいとなる仕事を見つけて、夫婦合わせて月10万円(年120万円)の収入を得、基本生活費を月28万円で押さえるようにして75歳まで働く。こうすることで100歳時点でもなんとか黒字を保てると言うのです。貴方は、65歳から75歳まで働けるところを見つけられそうですか?それ以前の貯蓄残高・・・どれだけ残せそうですか??

 

人生100年時代に向けての生活設計をする上で、気になるのが、やはり定年後の収入のベースとなる年金。自分の年金額は毎年誕生月に郵送される『ねんきん定期便』でチェックできるので、次の機会にはしっかり見ておきましょうね。そして、お金の不安を解消する為に、年金生活に入ってからの収入と支出の目安を立てることが大切。

 

年金収入だけでは家計が赤字になると予測できる場合には、ほかの収入の道を探すなど対策を講じていかなければならないのです。老後の生活費は現役時代より少なく済むのが一般的で、目安としては、現役時代の7割と言われているそうです。年金生活が始まっても、お金持ちでない限り、元気なうちは働いて収入を得ることを考えなくてはなりません。

 

今のうちから、定年後にどんな仕事をしようか考えておくことも重要になってくるわけですね。40~50代のうちから『自分が本当に好きなこと、得意なことは何だろう』と考え、関連する資格の取得などにチャレンジすることを推奨しています。

 

そして、最後に関わってくるのが続けて描いてきた【【人生100年時代を生きる】にも書かれていた…長寿化の大きなリスク…【病気と介護】。まとまったお金が一気に減ることもあるので、病気や介護の費用は生活費とは別建てで準備しておかなければなりません。一つの目安は1世帯800万円(内訳は介護費用として550万円、医療費として250万円)。介護については在宅介護中心で、公的介護保険+αぐらいの費用がかかるサービスを受けるという前提での金額とのこと。

 

医療制度もどんどん変更され、負担も増える傾向にあったり?するので…この先まで考えていくと、働けるだけ働いて対策を講じていく必要がありそうですが、年金生活に入ってから働くと、何故か得た収入に応じて年金が減額されてしまうという現実もあったりして・・・残酷な世の中ですよねぇ・・・とりあえず、年金については手続きも含めて、充分学習しておく必要がありそうです!! 貯蓄できずにローンばかり増えている私なんぞは、このままでは破綻ですよ。破綻!!・・・・・

 

 

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【人生100年時代を生きる】『第2回 命の終わりと向き合うとき』を観て

2018-12-19 NEW!

 

NHKのシリーズ「人生100年時代を生きる」、第2回のテーマでは『終末期医療』について扱われていました。ゲストの阿川佐和子さんは、3年前に父・弘之氏を、延命医療をしないで自然な形で看取った経験の持ち主。「穏やかな最期はどのように迎えることができるのか」、悩んできたそうです。

 

これまで国は社会保障費の抑制を図るため、高齢者の最期を支える場所を「病院」から「自宅」へと方針転換。にもかかわらず、看取りの段階になって病院に運ばれ、そのまま延命医療を長期間受け続けてしまうという事態が頻発していました。最先端の医療設備が整う救命救急センターでは、80歳以上の高齢者が次々と運び込まれてベッドが満床になることもあるそうです。家族は、意識が戻らないまま横たわる親の姿を見て「こんなはずではなかった」と悔いることになります。

 

番組では、学会と連携して、全国の救命救急センターへの調査を実施。国が進めてきた医療改革が、現場にどのような歪みをもたらしているのか、そして、患者の人生の最期に、医療はどう寄り添えばいいのか、現場で始まっている「延命中止」の取り組みを通して考えていきます。

 

人生100年時代について、100歳以上の高齢者の数は現在7万人。2015年には13万人、2050年には53万人になっているという推計が出ているそうです。また国の調査として回答者の9割は延命措置を受けず、自然に任せて欲しいという結果が出ています。しかし現実には医療機関で長生きし、更に人工透析などで延命措置が行われているとのこと。

 

多くの高齢者が人工透析を受けているある病院では血圧の低下を知らせる警報があちらこちらで鳴っていました。透析困難症という症状。以前はこの治療を断念せざるを得なかったそうですが、医療技術が向上したことで、現在は衰弱が進んだ高齢者でも透析が続けられるようになったのです。80歳以上で透析を受けている患者は6万人で300倍に増えています。

 

しかし高齢化により思わぬ問題も増えていました。本人の意思が確認出来ず透析を続ける事態が広がっていたのです。取材をした女性は透析治療の間に認知症を発症。治療のことが分からず管を抜いてしまうことがあるのです。そのため家族の許可を得て拘束して治療をせざるを得ません。70人の病院患者のうち9割が認知症を発症。人工透析は1日4時間で週3回行われていました。理事長は透析のために生きている…「生かされている状況」になってしまうと語られていました。

 

救急医療の現場に100歳近くの終末期の患者が次々と運び込まれています。医師は終末期の患者だと分かっていても救命のために全力を尽くします。結果、意識が戻らず、人工呼吸器を付けて命を繋げることもあるのです。意識が戻らないから呼吸器を外せない…こうしたことに難しさが生じていたのです。

 

国は、高齢者を自宅へと移す医療制度改革を実行してきました。高齢者は在宅医など自宅で最期を迎えることを想定していましたが、結局、もしもの時に家族では命の終わりかどうかの判断がつかず、救急車を呼ぶケースが続出。一度呼吸器を付けてしまうと、そのまま判断しにくい状態となって、結果的に救命救急センターで延命医療を受けるケースが増えているというのです。

 

ある調査では85歳以上の高齢者が一度心肺停止になると、『人工呼吸器が外れ、退院できる』確率は0.5%とのこと。ある6年間入院している男性は、脳梗塞の影響で会話が殆どできませんが、毎日病院を訪れる奥様は、自らの生きる支えになっていると話しています。入院生活がいつまで続くのか先行きが見えないまま、行けるとこまで行くしかないのかなと話されていました。

 

延命医療を否定的に捉えるか肯定的に捉えるかは本人次第。透析療法によって社会生活が維持出来る場合と、認知症によって、自身の判断で維持するのは難しくなり、それが本人のための透析なのか考えなければならない時代になっているようです。NHKが全国の救急救命センターに行ったアンケートによると、終末期の高齢者が搬送されることについて問題があると答えたのは55%。おおいに問題があると答えたのは31%。家族の誰もがやりきれない気持ちになるという意見も伝えられました。

 

ここ数年に医学会や国のガイドラインは延命医療の中止に関するガイドラインを相次いで発表しているそうです。終末期の患者に対し、本人の意思を尊重、家族などとよく話し合い、医療チームでも検討され、不開始や中止が可能となっているようです。

 

そんな中、延命医療の中止という選択肢により、重い問いに直面する家族が紹介されました。救急医療の現場では、ガイドラインに沿って人工呼吸器を外す選択肢を示すところも出てきているとのこと。意識の戻る可能性が極めて低い患者の家族は、延命医療は望まない決断をしました。抜管から1時間後、患者は息を引き取ります。辛い時間が流れました。

 

救急救命センターへのアンケートによると、生命維持装置の中止という選択肢を示しているのは、117施設のうち46施設。現場の医師からは、死を人ごとだと思っている日本人が大部分で、急変時にどうしていいか分からないケースが多いという声が上がっているそうです。どのような最期を迎えたいかについて、患者のAさんは病院からの事前指示書に、重度の認知症になった場合は透析を希望しないと記しました。奥様に重い負担を掛ける前に、人生の終わり方を自分で決めたいと考えたのです。しかし、奥様は一日でも長生きして欲しいと願っています・・・。

 

最近では、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)という取り組みが始まっているそうです。ACPでは第三者が患者や家族と対話を重ね、生かすか殺すかではなくて、患者自身が最期に望む医療を共に考えていきます。番組に登場された医師は、介護スタッフらと勉強会を開き、取り組みの担い手を、医師以外にも広げようとしていました。認知症などで本人の意思を確かめられない場合、家族との過去の思い出や介護スタッフの話から、本人がどのような最期を迎えたいと考えていたか、本人の希望を探っていくのです。夫婦で考えに違いがある場合などは、溝を埋めてくれる役目の人が必要だとも話されていました。

 

1年前から夫が人工透析を受けているという夫妻は、病院からの事前指示書に初めて向き合い、人生の最期を考える中で、今を生きる大切さを感じるようになったと話されていました。

 

【人生100年時代を生きる】・・・。健康な状態で死の直前まで、自分の意志を持って生きられるのなら良いのですが、医療技術の進歩によって自分の意志が伝えられなくなっても、生かされるという現実を迎えてしまったらと思うと、様々な事を考えさせられてしまいます。自分の考えだけでなく、「こんな形で死なせたくない」という家族の思いや、「今はまだ、生きていて欲しい」そんな家族の思いまで考えていくと、個人の死であっても、家族で話し合っておくことも大切なことなのかもしれませんね。それは、結局、どう死ぬかではなくて、どう生きていくのかに繋がっていくものかもしれないことを教えられた気がします。

 

 

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【人生100年時代を生きる】『第1回 終の住処はどこに』を観て

2018-12-14 NEW!

 

NHKスペシャル【人生100年時代を生きる】『第1回 終の住処はどこに』…人生100年時代を迎える日本が抱える課題を見つめ、解決の糸口を探るシリーズご覧になられましたか?3年前に父を看取り、現在も母親を介護する、作家の阿川佐和子さんとともに、2日連続で放送されましたが、1回目のテーマは、お年寄りが安心して暮らすための『終(つい)の住処(すみか)』についてでした。

 

比較的安く手厚い介護が受けられる「特別養護老人ホーム(特養)」の待機者が30万人を超えるなか、国は施設の担い手を“官から民”へと転換しようとしています。その切り札として、7年前に導入されたのが、民間事業者が運営する「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)」。ところが、そんな「サービス付高齢者向け住宅」では、終の住処からの退去をお願いするケースが増えているという話。

 

要介護者の数は2015年には620万人、そして2035年には960万人に増える見込みで、終の住処が大幅に不足するとみられていますが、軽度の要介護者の受け皿にしようと、国が規制緩和をし、多額の補助金を投入して整備を推し進めているにもかかわらず、現場では、様々な矛盾が吹き出していました。要介護度は低くても勝手に施設を出て徘徊してしまう“動き回る認知症高齢者”を数多く抱え、対応に追われる施設が限界を迎えると、退去をお願いするしかなくなってしまうというのです。

 

特別養護老人ホームは要介護3以上の人しか入所できず、サ高住は要介護度が低い人の受け皿として期待されていたのですが、サ高住の法律上の位置づけは住宅となっており、部屋は個室で職員が安否確認などを行っていかなくてはなりません。番組に登場していた幻覚に襲われて職員を呼び出す老人は、要介護2と、介護度は低く、本来介護の手間がかからないと思われていましたが、認知症で身体の自由が効くひとは、かえって負担が大きくなってしまうという困った状態。

 

NHKの調査では、サ高住に入居する認知症の割合が55%にものぼることが分かってきたのです。にも拘らず、国の職員配置基準は日中少なくとも1人となっており、必要と思われる人数を配置していこうとすると経営が大きく圧迫されてしまうという展開で、1人にかかる負担は信じられないほどになっており、それに伴って、そこで暮らす老人の命の危険も増してしまっているのです。サービス付き高齢者向け住宅での事故は昨年度3,334件発生し、死亡が179件だったととのこと・・・。

 

認知症の発症率を示したデータでは85歳以上の人が5割を占めていました。登場されていた先生によると「認知症の高齢者は要介護認定の結果が軽く出る傾向にある。要介護認定の結果が軽く出ると訪問ヘルパーの回数も減る」と指摘されていました。要介護度が高い高齢者を中心に受け入れているサ高住では、赤字経営から抜け出すため要介護度が高い人を集める方針を打ち出したりもしています。

 

NHKのアンケート調査でも「要介護度が低いことを理由に入居を断らざるを得ない」という声が寄せられているとか…。阿川さんは「介護難民が出てきたって感じ」とコメントしていました。要介護度が低くなると事を喜べない矛盾が起こっており、厚生労働省の方も「現場の介護者の負担、手間のかかり具合。要介護認定で反映するというのは大事だと思っている。介護給付費を検討する審議会で検討していきたい」と説明していましたが、どこまでできるやら・・・。

 

そんな中、要介護度を改善する取り組みを行っているサ高住がありました。要介護度が改善すると介護報酬は減りサ高住の収入は減ってしまうのですが、そのサ高住では1月の料金を一般的な額より3万円高く設定することで、改善策を積極的に取り入れていたのです。60室は満室になり、なんとか採算がとれているようでした。入居者で94歳の方は医師から歩くことは難しいと告げられていたが、ここでリハビリを始めて半年…短い期間なら杖を使って歩けるようにまでなったのです。

 

利用者のニーズに答えようと特色を打ち出すサ高住として、看護師の資格をもつ職員が常駐し、医療処置を行っているところがあげられていました。特別養護老人ホームと比べれば人手も少なくリスクもあるため入居を希望する人にリスクがあることを、あえて伝えるようにもしていました。

 

阿川さんは「これだけ施設が出来てくるとマンション探しと同じように、元気なうちにあちこちを見て回る」と先生から教えられたことを教えてくれました。高野准教授は「アメリカでは老人ホームの介護の質を誰にでも分かる形で公表している。日本でも情報を公的機関が収集をしてその情報提供は必要と思う」と説明されていました。

 

阿川さんは「介護する側の都合で制度をつくるのではなく、介護される側の気持ちを入念に拾っていくことをしていかないといけないと思う」とまとめられました。『年を取って豊かな生活なんて、そもそも無理。身体は自由が効かなくなり、収入もなくなり…』と厳しい現実が話されていました。

 

長生きを喜んで迎える為には【健康な体】と【生活を支えてくれる収入】や【環境】…そんな、揃って欲しい条件が数多くあります。それが全て満たされるなんてことは、なかなかないんだということを、確かに受け止めて、これからの生き方について考えなければならないのでしょうねぇ・・・

 

エンディングノートについて、以前も考えていかなければと話しましたが、シリーズ第2回では、これについても考えさせられる回となっていました。続きは、次回のブログにて・・・
 

 

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どんな困難の中でも、幸せを見つけられる

2018-11-28 NEW!

 

11月20日放送のNHKスペシャル「自閉症の君が教えてくれたこと」ご覧になられた方は居られますか?重度の自閉症である東田直樹さんは、人と会話をすることはできませんが、なぜか、文字盤を使えば豊かな表現力を発揮することができます。勿論、世界的にもまれな存在です。24歳になり、プロの作家となった東田さんは、自閉症のみならず、様々なハンディを抱える人たちがどう幸せを見つけていけばいいのか、エッセイや小説を書いています。今回の番組は、そんな東田さんを2年前に取材した番組「君が僕の息子について教えてくれたこと」の続編となります。

 

前回の番組が、芸術祭ドキュメンタリー部門大賞を受賞した10日後、番組ディレクターである丸山拓也さんはガンと診断されました。丸山さんが、がんと診断された当時は、肺や肝臓にも転移し、5年生存率は5割以下という厳しい状況だったそうですが、大量の抗がん剤と手術を行い、1年間の闘病を経て、何とか職場復帰を果たすことが出来ていました。しかし、今も治療の後遺症や再発の恐怖に苦しんでいるんだとか…。もう体力勝負のテレビのディレクターはやめた方がいいのか、家族と静かに暮らした方がいいのか、色々な不安が頭をよぎったそうです。

 

自身の病気とどう折り合いをつけて生きていけばいいのか、これからどんな人生が待っているのか、大きな不安に囚われたときに、2年前に取材した東田さんの姿をもう一度見つめ直したいと思ったそうです。病院のベッドでも、丸山さんはしばしば東田さんの本を読み励まされたんだとか。自閉症というハンディを自分の強さに変えた東田さんから、ディレクターである丸山さん自身が沢山のことを学べるのではないか、そしてそれは、生きづらさを抱える多くの人にとっても普遍的なメッセージになるのではないかと考え、続編の制作に繋がったのです。

 

遡る事2年前…13歳の時に書いたエッセイが、同じ自閉症の息子を持つ、アイルランド在住の高名な作家デビッド・ミッチェル氏の目にとまり、翻訳され、世界30カ国でベストセラーとなりました。『なぜ、自閉症の人が、パニックを起こしたり頭を机に打ち付けるのか?』その答えが、その本にはあったとデビットさんは話されていました。東田さんは謎に包まれた自閉症の世界を明かし、世界に衝撃を与えたのです。

 

東田さんは、圧倒的な言葉の力を持っている人でした。人と直接、会話することがない分だけ、自分の頭の中で様々な出来事をどう捉えるか、自問自答を繰り返してきました。その過程の中から生まれた言葉は鮮烈です。番組の中では、作家のデビットさんや、ディレクターの丸山さんからの質問に対して、明確に突き刺さる様に答えていきます。丸山さんが、親やお婆さんよりも早く死ぬかもしれない…命を繋げないのではないか…不安になって質問すれば・・・

 

「僕は命というものは大切だからこそ、繋ぐものではなく、完結するものだと考えている。命が繋ぐものであるなら、繋げなくなった人は、どうなるのだろう。バトンを握りしめて泣いているのか、途方にくれているのか。それを思うだけで、僕は悲しい気持ちになる。人生を生き切る。残された人は、その姿を見て、自分の人生を生き続ける」…と、直樹さん自身の孤独な決意が力強く綴られていました。

 

「夢から覚めて、いつもと変わらない朝に感謝することから、僕の一日は始まります。」そう話す東田さんは、以前、夢で健常者の自分の夢を見て、目覚めて悲しくなっていたけれど、今は、夢の中でも自閉症の自分として登場するようになったんだとか。そう言えば、昔、似た言葉を耳にしたことがありました。その人は重い病を患っていた方で、寝ている間に命を失う事も十分考えられる方。その人が言っていた言葉も、「朝、目覚めて、自分の命が途絶えず朝を迎えられたことに涙し、感謝する事から一日が始まる」というものでした。

 

13才の自分に送る言葉を尋ねられると
「”ありのままで良い”と思っていましたが、人生は短い…。辛すぎるときに、”ありのまま”とは言えない…。だから、”君が乗っているブランコもいつかは止まる。それまで一生懸命こぎ続ければ、同じ景色も違って見える”と僕は教えてあげたい」そんな風に答えていました。

 

“価値観”についても色々と教えてくれました。病気を持っている本人と、周りの人の価値観は同じではなく、押し付けてはいけない。認知症のお婆さんの気持ちを勝手に分かろうとしていた自身の思い込みについても、不幸だと決めつけていた自分に気づいていきます。認知症でも”優しさは変わっていない”悩むのは本人以上に周囲の人々なのかも知れないと…。

 

番組の最後では、ガンになった丸山さんが言葉を求めると東田さんは、こう話されました…

 

【人はどんな困難をかかえていても、幸せを見つけ、生きることができる】

 

生きづらさを抱える多くの人にとって、普遍的なメッセージになるのではないかと考えていたディレクターの丸山さん。期待通りの言葉が、そこにはあった気がします。私みたいなオヤジですら、その言葉を聞いた瞬間、ゾクゾクっと鳥肌がたつほど感動してしまうのですから・・・。せっかくなので、以下、東田さんの著書を是非読んでみたいという方へ・・・

 

『自閉というぼくの世界』(エスコアール出版部刊)
『この地球にすんでいる僕の仲間たちへ』(エスコアール出版部刊)
『自閉症の僕が跳びはねる理由』(エスコアール出版部刊)のち角川文庫
『自閉症の僕たちが残してきた言葉たち』(エスコアール出版部刊)
『ヘンテコリン』(エスコアール出版部刊)
『続・自閉症の僕が跳びはねる理由』(エスコアール出版部刊)のち角川文庫
『あるがままに自閉症です 東田直樹の見つめる世界』(エスコアール出版部刊)
童話『勇気はおいしいはず』(小学館)
詩集『みんなの知らない海の音』(朝日新聞社)
童話『きらんきらん・赤い実』(小学館)
絵本『きかんしゃ カンスケ』(交通新聞社)
絵本『カンスケとあかいはっぱ』(交通新聞社)
絵本『カンスケとカタツムリくん』(交通新聞社)
絵本『カンスケとゆきこちゃん』(交通新聞社)
絵本『カンスケのクリスマス』(交通新聞社)
エッセイ『風になる』(ビッグイシュー日本)
『跳びはねる思考』(イースト・プレス)
詩集『ありがとうは僕の耳にこだまする』(株式会社KADOkAWA)
・・・・・

 

私には、統合失調症の甥っ子がいます。病気は違うけれど、東田さんの本・・・読んでみます。


 

 

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トップセールスマンが【世阿弥】を軸にしていたとは・・・

2018-10-18 NEW!

 

10月1日放送のInnovative Tomorrow シーズン5、第1回のジャパネットたかた創業者でもある髙田明さんの回、ご覧になられましたか?毎週月曜日24:00~24:30にBS日テレで放送されている目立たない番組ではありますが、豪華ゲストが登場して、毎回楽しみな番組の一つとなっています。

 

髙田明さんについては、今年の5月29日の【出来ると信じたら8割のことは可能】というタイトルの回でも書かせて頂きましたので、またかと思われるかも知れませんが、今回は、高田さんが再三口にしていた『世阿弥』を中心に触れたいと思います。

 

・・・伝え方が書いてあると話し出すと…
【序破急】➡導入し展開し結論を導く
【1調2機3声】➡調子を整え、タイミングを図り、息をとめて声を出す
・・・と、テレビショッピングで役立っていた『間』が売り上げに結びつくと話していきます。

 

『伝える力を高めるヒント』がある・・・と口にすると、またまた・・・
【我見】と【離見】➡「自分の一方的な視点」と「相手の立場に心を置いた視点」
人を感じる心(離見)で接する事の大切さについても話されていました。世阿弥??

 

いつもの【思考のコア…自分への問い】に対しては・・・
『今という瞬間を一生懸命生きているのか?』と話し、「失敗には二種類ある・・・
「やらないことで得られる失敗」と「一生懸命やらなかったことで得られてしまう失敗」
この2つをしないように心がけているんだとか

 

・・・で、こうした番組で【世阿弥】を引用されるのは初めてのことだったので調べてみました。

 

世阿弥が残した著作の中でも、特に有名なものが「風姿花伝」というものらしいのですが、演劇や芸術についての考えが述べられたもの・・・とは言え、どうやら『世阿弥』の言葉の深さはそれだけではないようです。

 

劇団のオーナー兼プロデューサーでもあった世阿弥は、劇団の存続の為に「どうしたら良いのか?」を考え抜き、役者の修行方法から始まり、いかにライバル劇団に勝ち、観客の興味を惹くにはどうすべきかなど、後継者に託す具体的なアドバイスを記していったのです。いわば、芸術のための芸術論というよりは、生存競争の厳しい芸能社会を勝ち抜くための戦術書ともいえるもの。

 

世阿弥は、観客との関係、人気との関係、組織との関係など、すべては「関係的」であり、変化してやまないものと考え、その中でどのように己の芸を全うするか、ということを中心に説いています。ビジネスパーソン…特に、営業には役に立つ物のようですね。読みやすく解説された本も多く出版されているようですから、まずは「風姿花伝」…読んでみたいですね。そうそう、ついでなので世阿弥の珠玉のことばの中から、代表的なものをひとつ。

 

【初心忘るべからず】

 

・・・これも世阿弥だったんですねぇ・・・
 

 

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【六花亭】の美味しいお菓子の裏側に、深く豊かな愛情を見た

2018-10-11 NEW!

 

10月4日放送のカンブリア宮殿『熱狂ファンを生み続ける "六花亭"震災に負けない!驚きサバイバル術の全貌』の回、ご覧になられましたか?

 

百貨店等で、大人気のイベントと言えば・・・「北海道物産展」。私も、そんな広告を見てしまうと、何が欲しいという訳でもなく、ワクワクして見て回りたくなってしまいます。今回の主役は、そんな物産展の中でも、特に人気を集めているという…土産菓子で全国に熱狂的なファンを抱える「六花亭」さん。

 

1日に20万個を作る「マルセイバターサンド」や、イチゴを丸ごとチョコで包み込んだ「ストロベリーチョコ」など数多くのヒット商品を持つ、人気のお菓子メーカーで、“機械だけに頼らず、味や食感の特徴を出す「ここ」という部分は、職人の手作業で菓子を作っているのです。しかも六花亭には「北海道以外には店を作らない」「売り上げや規模の拡大を目指さない」という、独自すぎるポリシーもありました。

 

代表の小田さんが六花亭に入社したのは1972年。当時、若者を中心に北海道旅行が流行し、小田さんの父が開発した日本初のホワイトチョコが全国的にヒットしていました。1977年には屋号を「六花亭」に変更し、札幌に進出。屋号変更の記念として発売したのが「マルセイバターサンド」で、売り上げ100億円を目指し、商圏を拡大させていったのだそうです。

 

そんな六花亭に東京進出の誘いが入りましたが、小田さんは、東京には進出しないことを決断しました。【デキモノと食べ物屋は大きくなれば潰れる】という父親の言葉があたまに浮かび、【目が行き届かなくなるから】と、「売り上げや規模」を追求するのではなく「従業員の質を維持する」ことで、企業を永続させるという、独自の経営を突き進めていくのです。

 

毎日発行される社内新聞『六輪』…社員の生の声が聞こえ、相手が見えてくる。その中には改善提案等も含まれ、従業員自身にも、他の社員の頑張りが見えるとモチベーションが上がる。働き方改革も、とっくの昔に実現。残業はゼロ。有給休暇は、29年連続で百パーセントが消化されています。従業員6人以上が参加する旅行であれば、社員旅行制度が適用されて、経費の7割りを会社が負担(年間20万円まで)。ある社員は『一生懸命働いて、一生懸命遊んで、遊んできたから、また頑張ろう』と思えると笑顔で話されていました。

 

頑張った人を讃える報奨制度。今月の顔…受賞者の為に開かれる宴は、社長を含める役員自らも接待し、更に最後には20万円の特別ボーナスも…。月間賞の中から選ばれた最優秀者には、カナダ旅行と100万円。「マッチングギフト」という制度では、会社と社員が寄付を積み立て、返さなくてもよい月六万円までの奨学金までありました。ごろすけ保育園という自社の保育園を設け、エルダー制度という65歳以上になっても働ける制度まで用意されています。やる気を引き出す制度や働く環境を整え、従業員の質を上げていく…それが企業の永続性に繋がると考えているそうです。

 

小田さんは、「850や1300人くらいなら顔も名前も覚えられる」と話し、「大家族なんだから、一人も脱落しないように全員の力を引き出すのがトップの仕事」と話されていました。十数名しかいないのに社員の名前を間違える社長もいる世の中、「これぞ社長!!」と拍手喝さいを贈りたいところです。

 

『あなたの今日の仕事は たった一人でよい。この店に買いにきてよかった 満足してくださるお客様を 作ることです。六花亭があるおかげで お客様一人一人が 人生は楽しいと 喜んでくださることです』そんな言葉が社内に貼りだされている【六花亭】さん。『売上ではなくて客数が大切、信頼の証が大事』と話す小田さんは、工場の壁に刻まれたプレートへとカメラを案内していきます。そこには、これまで会社に勤めてくれて来た『従業員の名前が刻まれたプレート』が壁一面に埋め込まれていたのです。熱いものがこみ上げてくるではないですか。

 

従業員の質を維持することで、企業を永続させようとする小田さんは、まだまだ、重視されているものがありました。それは、時間を取り入れた経営。例えば、北海道の中札内村には六花亭が直接運営する美術館。この美術館…大正2年から銭湯として利用されていた建物を移築したものだとか。ツタに覆われた築75年の建物は、誰もが利用できる図書館へ。小田さんは、こうした歴史的に価値のある建物を地域に残すことで、その景観を地域の財産として後世に残そうと考えていたのです。

 

「マーケットに限界がある産業だからこそ、成長を追うのではなく、いかに企業として深耕していくか」を考えなければいけないと語る小田さんは、今年9月の巨大地震、大規模停電があった当日も…震災の影響で工場がストップし、商品の各店舗への供給もままならない状態だったにもかかわらず、当日から営業することで、地元の人達に安心感を与えようとされていました。地元の人達に愛され、街と共に生き残っていく会社でありたい。そんな思いは、六花の森という自然公園、なんと東京ドーム2個分の施設まで作ってしまうほど。地元の人が誇りに思える会社になれるよう、小田社長流の社会貢献だったのです。

 

『企業の永続性に繋がるかどうか、あってもなくても良いことはやらない」『永続性』とは、『追いつかれないこと』。ライバルや同業者に、時間をかけないとできないことを蓄えておけば、その蓄えが追いつかれない…猶予期間…余裕を生み出すと話す小田さん。お菓子だけではなく、社内制度や地域の環境整備だとか、全体が1つとなって企業を作り上げていたのです。『売上や規模の拡大は追わない。売上目標も販売目標もない。東京への進出もせず…それなのに売上は200億』・・・納得できる事実。当然得られる結果と思えたのでした。

 

いつもの村上龍の編集後記には、こう書かれていました。
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「六花亭」のお菓子は非常に有名だが、物産展以外では都内のデパ地下で買えない。マルセイバターサンドは発売から40年以上、流行には追随しないという考え方だが、商品は洗練されている。売り上げは追わないらしいが、長期的には業績は上がっている。小田さんご自身も、取り上げるべき話題が多く、印象深く、型にはまらない人だった。だが、スタジオで最後に「孤独感がありますか」と聞いたとき「あります」という答えが返ってきて、素顔を見た気がした。経営者は孤独に耐えて決定を下す。それ以外に、経営は、存在しない。
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これまでも素晴らしい会社を見聞きしてきましたが、あらゆる面で理想の会社…驚きの会社でした。長くなってしまいましたが、番組を見ていく中で、作られていく【六花亭】の美味しいお菓子の裏側に、深く豊かな愛情を感じたのでありました。
 

 

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自己責任・自己完結のスーパーボランティアの【行動力】とは  

2018-9-27 NEW!

 
9月23日放送の「情熱大陸」ご覧になられましたか? 8月に山口県で行方不明となった2歳の男の子を発見し、一躍時の人となった、“神”と呼ばれるスーパーボランティアの尾畠さん(78歳)が登場されていました。

 

カメラが追ったのは西日本豪雨で大きな被害を受けた広島県呉市天応地区。被災地の復旧を手伝うボランティアの中に、一際目立つ、赤いつなぎに、「絆」と書かれたヘルメットの尾畠さん。取材を求められると「何でも撮って良い」ことと「活動中は邪魔をしない」という事を約束に、少しも嫌な顔をせずに番組の取材を受諾。

 

天応地区には、氾濫し流れ込んだ土砂が今なお残ったままの家屋も多いのですが、率先して床下へもぐり込み、ヘドロとなった土砂を泥まみれになって次々とかき出していきます。みんなが休憩している間も、作業効率を上げるために瓦礫の山から適当な板を探し、泥濘の土の上に敷き詰めていきます。ボランティアも段取りが7割と語る尾畠さん…流石です。

 

また、被災者に寄り添うようにして声をかけ要望を聞き出し、仲間たちに伝えます。時には、経験が浅く動きが硬いボランティアを得意の冗談で和ませ現場の空気を変えていきます。さらに毎朝9時に始まる一般のボランティア活動の前にも独自の活動を続けていました。

 

早朝6時、たったひとりで向かったのは泥と流された瓦礫で埋め尽くされた川…。始めたのは沢山の瓦礫や汚物も混ざった川の泥をスコップで掘り返し、探し物。行方不明の人が見つかるように、衣類などを見つけると川の水で洗って、近くに、目立つ様に配置。遺品でも見つけられればと…最後まで諦めない姿勢を行動で見せていました。その『行動力』は凄まじいものです。

 

ボランティア仲間の1人はそんな尾畠さんを「神」の様だといいます。大分県の地元では人気店だった魚屋を65歳で閉店され、世の中に恩返しをしたいと今はボランティアに専念。活動資金は年金収入の月55,000円だけ。お礼は一切受け取らず、節約を心がけ車中泊をしながら全国の被災地を回っています。2011年の東日本大震災の際は、南三陸でなんと500日にもわたって活動されたんだとか。

 

束の間の休息日は、バイクで30分走り、無料の大好きな露天風呂で疲れを落とすそうです。同じ様に入浴していた人たちは、皆がこう話されていました。

 

「この人は、テレビに映るずっと前から、変わらずボランティアをしてきたんだ」

 

・・・と、まるで自分たちの自慢の種であるかのように…。

 

そんな尾畠さんのもとには来客が絶えず、中には人生相談をしに訪れる人も。番組中には、そんな尾畠さんに講演依頼が入り、丁寧に断られていましたが、あの2歳児を発見し、報道されてからは、そうした依頼も殺到しているんだとか…。講演依頼もそうですが、こうしてテレビに出ることは、本人にとっては活動の妨げになるだけの様な気もします。

 

番組の中では、広島風お好み焼きの差し入れに涙して感動している尾畠さんの様子が映されていましたが、テレビに映る事で、過剰な差し入れなどがされることも、きっと迷惑になっていく様な気がします。ボランティア期間中、車中泊となる尾畠さんに車の中で休めないのではという質問が投げかけられると、避難生活をしている人に比べれば、ずっと良いと即答されていた尾畠さん。差し入れも、時にはマイナスになるのではと思ったりもします。

 

小学校5年生の時に母を亡くし、農家に奉公に出て,中学校は3年で4カ月しか通えず、別府市や山口県下関市、兵庫県神戸市の魚店で修業を積み、東京都大田区で鳶と土木の会社で資金を貯めた後1968年に大分に戻って魚屋「魚春」を開業されたんだとか。そんな苦労人の尾畠さんのお店は、当然、地元の人気店だったそうですが65歳の時に惜しまれながら閉店し、これまで沢山の人にお世話になってきたから、今度は、自分が世の中の人の役に立ちたいとボランティア活動に専念していきます。

 

引退は身体が動かなくなった時に考えるとか…。そんな尾畠さんは、10月には79歳になられるそうです。番組の中では、命を全うした死後の世界で、10歳で先立たれた母親に会えたなら、背骨が折れるほど強く抱きしめて欲しいと涙ながらに語っておられました。尾畠さんの生活を妨げるような接触は避けてもらいたいとつくづく思い、自分も何かできる事をしなければ…そんな気になってしまうのです。

 

改めてこんな生き方ができる人、人への思いの熱い人に対し、尊敬と感謝の意を表したいと思います。

 

 

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