ティータイム

今、そこに在ること、そのものが『ありがとう』に通じている

2017-11-8 NEW!

 

2016年3月9日…弊社の設立記念日のブログで【『ありがとう』の気持ち】というタイトルで

『ありがとう』という清水英雄さんの詩をご紹介しましたが、【ありがとう】をテーマとした

詩は、他にも数多く書かれています。『ありがとう』という言葉が、それだけ大切な言葉で

ある証なのかも知れませんね。そこで、今日は、こんな詩をご紹介させて頂きます。

 

【ありがとう】

 

今日も無事朝を迎えられたことに
     ありがとう

 

晴れの日は、暖かい光と動物たちへの恵みを
     ありがとう

 

雨の日は、休息と植物への恵みを
     ありがとう

 

災害の日は、おごりへの戒めと教訓を
     ありがとう

 

先祖代々、命のリレーを
     ありがとう

 

1人ではなく、周囲の人や、親兄弟、家族を
     ありがとう

 

空気や食料、衣服を
     ありがとう

 

色々な出来事、出逢いを
     ありがとう

 

覚える力、忘れる力を
     ありがとう

 

立てる足、使える機用な手を
     ありがとう

 

身体が不自由でも生活できることを
    ありがとう

 

楽しむ心、頑張る心、安らぐ心を
     ありがとう

 

こうして1日無事に終え眠りにつけることを
     ありがとう

 

日々、感謝できる心を
     ありがとう

 

気付かぬうちに、守られ、支えられていることに
     ありがとう

 

心から、感謝しています
     いつもいつも、ありがとう

 

                   詩集『道しるべ』より

 

この詩を読む度に思い出すのは、病気を抱えていた人の言葉です。心臓に病を持っていた

その人は、一日の終わりに、無事一日を過ごせたことに感謝し、同時に眠りにつく時、

「もしかしたら、眠りについたまま…二度と起きることがないかもしれない」という恐怖に

襲われると話されていました。

 

そして、朝を無事に迎えることができると、朝日を全身で浴びながら、生きている事の喜びを

満喫し、心の底から【ありがとう】という言葉が浮かび上がってくると話されていました。

辛い事や苦しい事、腹立たしい事や悲しい事があると、愚痴をこぼしたくなるのが常ですが、

よくよく考えてみると、そうした体験も自分を成長させてくれる大切な肥しなのですから、

何かに対して感謝するという事よりも、今、そこに在ること…そのものが【ありがとう】に

通じているのかもしれませんね。

 

私も、よく子供を叱っていると口癖のように『感謝の気持ちが足りない!』などと言っていま

すが、そんな私こそ、足りないものだらけ。今、自殺願望を抱えた人が多くいるという話が

テレビでよく取り上げられていますが、こんな詩と触れ合う機会を持って欲しいと思ったり、

『あなたが居るだけで、【ありがたい】と思っている人だって居たりすることに気付いて

欲しい…』…そんな事を感じています。今、そこに在ること、それ自体が大切な奇跡なんだと…
 

 

 

 

 

 

 

 

 

基本的な心の持ち様…【日常の五心】…五心…

2017-10-30 NEW!

 

誰の言葉か定かではありませんが、こんな五つの大切な心得が記されています。

 

【日常の五心】

 

一、「はい」という素直な心

一、「すみません」という反省の心

一、「私がします」という奉仕の心

一、「おかげさま」という謙虚な心

一、「ありがとう」という感謝の心

 

「はい」から「ありがとう」に至るまでの順番は、違うものもあって、どれが正しいのかも

私は知りませが、私としては、この順番がしっくり来ています。心得の意味するところは、

あえて説明するほどでもないので説明はしませんが、社会の中で生きて行く為には、心して

おきたい基本的な心構えの様な気がして、我が家でも子供たちの目につくところに、飾って

あります。

 

ところで話は余談になりますが、三角形の五心を思い出された方はいませんか?

重心・外心・内心・垂心・傍心

この2つの"五心"・・・全く無関係ですが、妙に気になる私でありました。

ちなみに、仏教用語には一心や三心も登場しておりますので、興味がおありの方は、

お調べください。

 

 不思議とこうした心得・戒めの言葉というのは大きく捉えると、みな同じことを

言っているような気もします。以前、ご紹介した【七つの思いやりの心】や

【キャンプファイヤー4つの火の教え】…

 こうした言葉に触れる時、改めて自分を見つめ直す良い機会としたいものですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果的に笑顔なのと、笑顔を求めるのは違う・・・

2017-10-16 NEW!

 

NHKスペシャル『亜由未が教えてくれたこと~障害者の妹を撮る~』ご覧になられた方は

居られるでしょうか。

 

2016年7月26日、相模原市の障害者施設で入所者ら46人が刺され、19人が亡くなった事件が

ありました。犯人の言葉「障害者は不幸を作ることしかできない」という悲しい偏見に驚か

されたのも…記憶に新しい所です。

 

とても残念な話でしたが、今回は犠牲者と同じ重度の障害を持つ亜由未さんが主役。カメラで

追っていくのが、NHK青森でディレクターをしている実のお兄さんでした。お兄さんは『自分の

家族は不幸じゃない』と伝えたかったそうですが、小さい頃から介助や世話は親任せ。障害者の

家族は幸せだと胸を張って言えるのか…両親に相談し、介助をしながら亜由未さんを1か月に

わたり撮影することになったのです。

 

亜由未さんは、両親やヘルパーさんには幸せそうに笑顔を見せるのに、お兄さんには不機嫌

な顔で、なかなか警戒心を解いてくれませんでした。介助の大変さばかり感じ焦る毎日が続き

ました。そんなある日、両親から「結果的に笑顔だったのと、笑顔を求めるのは違う。障害

者は幸せじゃないと生きる価値がないと言っている植松被告と同じ考えになってしまう」と

戒められてしまいます。

 

亜由未さんは先天性の心臓病で、生後4日目に手術を受けました。脳の血管が破れ、障害が

残ったのです。脳性まひで首と右手以外はほとんど動かせません。鼻から胃に通したチューブ

で栄養と水分を取っています。1日2回の散歩が日課で、亜由未さんは、近所の人たちから

何度も声を掛けられる笑顔の素敵な人でした。

 

18年前にお母さんは大きな病気を患い、大腸を全摘出しています。寝ている間も体位交換は

欠かせないので、お母さんは週5日、1時間おきに朝まで介助を行っています。本当に大変な

事です…。

 

亜由未さんの家は4年前から「あゆちゃんち」という看板を掲げていました。亜由未さんが

地域の人と交流できるように、自宅で月に数回、英語教室や太極拳などのイベントを開催し

ているのです。障害者への偏見が生まれるのは、地域に障害者の居場所が少ないからだと

お母さんは考えていました。障害者が『生きていても仕方ない』などと言われるのは、障害者

自身ではなく社会のせいだとお母さんは話します。

 

ほとんど言葉を発することができない亜由未さんを、理解しようともがくお兄さんの姿を

通じて、障害者を育てる家族の本音、大変なのと不幸は違うということ、そして共に生きる

幸せとは何かを考えさせてくれました。

 

【結果的に笑顔だったのと、笑顔を求めるのは違う。障害者は幸せじゃないと

        生きる価値がないと言っている植松被告と同じ考えになってしまう】

 

どんなに大変でも、どんなに辛くても、生きていて欲しいという家族の思い。自由に動きた

くても動けない…それでも、その命を全うしようとするひたむきな姿。どんなに不自由であっ

ても、幸せになる権利は誰にだってあるはずです。生きているからには、少しでも、そんな

体験をさせてあげたいと思うのが家族なのではないでしょうか。

 

私にも障害を持った甥っ子がいます。左足が折れて右足が変形し、自分では動く事すらでき

なくなっしまった動物の家族もいます。サポートする家族の苦労は、痛いほど分かります。

できることなら、本人や家族の負担が、少しでも軽減できるように、社会のサポート体制や

環境が整っていって欲しいものです。優れた医療器具や技術の進歩を、国も率先して支援し

て欲しい…そんな事を、心から願うばかりです。


 

  

 

 

 

 

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『小さな記録』・・・詩集『道しるべ』より

2017-10-12 NEW!

 

小さな記録

 

今 私は 人生の終わりを目前にして その終末を思う
今・・・一歩進むのも 地を這うようで 立っているのも 辛い
横になってすら・・・眠れない・・・
時はつながっている・・・まるで流れるように・・・
この悲しみも苦しみも
心を引き裂くような痛みさえも 自分の中にしまっていこう

 

まわりの全ては、通り過ぎていく
まるで私は・・・形のない空気のよう
せめて残り少ない日々だから
自分を捨て 人の役に立ちたい 残る力を振り絞って・・・
そんな残り少ない日々を ここに標していこう
大きな大きな人中の 小さな小さな人生の終わりを
今 ここに 標していこう

 

全ての幸せを見届けて
静かに・・・そして やすらかに
・・・・・・人生の終わりを迎えたい・・・
 

 

                 詩集『道しるべ』より 

 

 

 

 

 

  

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【引く】車椅子が、諦めていた人の心と命を救う

2017-10-4 NEW!

 

9月30日テレビ東京で放送された『起業人のキセキ 業界の常識を打ち破れ』ご覧になられまし

たか? 番組では3人の起業家が紹介されていました。

 

1人目はairClosetの社長さん。洋服は自分で選ぶという常識を打ち破って、プロのスタイリスト

が毎月3着の服をコーディネートして、素敵な箱に収めて贈ってくれるというインターネットビ

ジネス。

 

2人目は、『100年後は世界一になる』と語るライフネット生命の社長さん。今はコメンテー

ターとしても活躍されている出口さんと組んでの会社設立。余計な固定費を削減することで

生命保険料を格安にしてしまったことは有名なお話。

 

そして、3人目が、『車椅子は押して動かす』という常識を打ち破った株式会社ジンリキの社長

さん。車椅子が、わずか1㎝の段差すら、簡単には越えられないことを、恥ずかしながら初めて

知りました。今回初めて知った会社なので、この『JINRIKI』の社長中村さんについて、今日は、

お話ししたいと思います。

 

中村さんの4歳下の弟さんは、生まれて間もなく小児麻痺を患い、車いす生活を余儀なくされ

たそうで、幼少期を共に過ごした弟さんは13歳であまりにも短い生涯を閉じたそうです。

一度は『引く』という車いすの発想を思いつきながら断念していた中村さんですが、東日本大

震災をきっかけに『自分にできることは何だろうと、改めてもう1回考えたときに…。もしか

したら、1人でも2人でも…。やるべきことはそれかなと思い…。』JINRIKIを形にする取り

組みが始まったそうです。

 

この【押す】のではなく【引く】車いすは、介助する人の負担を軽減するだけでなく、これま

で難易度の高く、行ける所が限定されていたのを開放し、災害の避難経路すら健常者と変わら

ない時間で移動する事を可能にしていました。東日本大震災が起こってから、車いす生活だっ

た人は、何かあった時は、他の人と同じように生き抜けないと諦めていた方も居られたようで、

この車椅子の存在を知った事で『あなたは命の恩人です』と『これで皆と同じように生きていけ

ます』そう話してくれたそうです。

 

中村さんは、全国の観光地にも積極的な働きかけを行っており、和歌山城では、忍者に扮した

スタッフがJINRIKI付きの車いすで案内してくれるそうです。車いす利用者にも気兼ねなく来て

もらうためJINRIKIを採用する観光地は増えているとのこと。また、昨年インドで行われた障害

者について考える世界会議にも招待されるなど、確実にその裾野を広げています。

 

最後に中村さんは、こんな事を話されていました。

『圧倒的足りない部分は皆さんのサポート体制というかケア』『大丈夫ですよ、前輪持ち上げ

ますよ、「ひと言」声をかけて手伝っていただけるこの状況が、もっともっと広がればホント

の意味でのバリアフリーになった。』『今の状況の中でやるべき事は、もっともっと皆さんに、

一般の方が、全員が、「誰でも車いすを押せますよ。」更にJINRIKIを使ってどこでも行けます

よ。』そんな車いす利用者にとって本当の意味での優しい世界を目指したいと話されていたの

です。

 

番組の中では、実際に進行を務める人たちが【引く】車椅子と【押す】車椅子の違いを体験

されていましたが、貴重なシーンだったと思います。『これで皆と同じように生きていけま

す』というメッセージ、暫くは頭から離れそうもありません。知る事、大切ですね。
 

 

 

 

 

 

 

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『秋色』・・・道しるべ

2017-9-26 NEW!

 

『秋色』

 

朝露に、涼しげに濡れる朝顔は
青紫に、冬の思いを伝えている…
 

陽向に栄える紅葉は、黄、橙、赤色と
夏冬狭間に、元気をくれる
 

秋茄子に柿にぶどうと色なすは
青紫に橙と、秘めたる思いを目覚めさす
 

夕暮れが、それを讃えて映すのは
橙から青紫…そして、深く透んだ藍色へ
 

藍色は、悲しみを深い空に隠して、安らぎをくれる
藍色世界の星々が、確かに勇気と安らぎをくれていた
 

いつからか、黄色から橙、赤、青紫
そして、藍色へと変化していく色々を、秋色と呼んでいた
 

秋色は、美しく、そして、華やかに
熱い心を目覚めさせ、出逢いと別れを産んでゆく
 

変わりゆく季節も、流れゆく一生も
切れることなく繰り返される
 

秋色のように変化しながら
学びゆく命にありがとう
 

 

 

 

 

 

 

 

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『負けない』『諦めない』『逃げ出さない』ための方法とは・・・

2017-9-22 NEW!

 

9月14日放送のカンブリア宮殿「途上国から世界に誇れるブランドを!女性起業家が挑む新た

なビジネス」の回、ご覧になられましたか?今回は、特に素晴らしかったですよ!!

 

ファッションの発信地、横浜の元町に評判のバッグ屋があるそうです。そのお店こそ、今回の

主役【マザーハウス】。「軽くて、色合いが美しい」「高級感があるのに値段がリーズナブル」

客を魅了するのはそのクオリティの高さと値頃感。このバッグ、タグを見ると全てバングラデ

シュ製。アジア最貧国と言われる途上国で製造された商品なのです。

 

マザーハウスの社長、山口さんは、途上国の生産にこだわり、かつ上質なモノづくりを掲げて

います。貧しい途上国の人達に世界に通用する一流の技術を伝え、『途上国からも世界に誇

れるブランドを…』作り上げようとしていました。『途上国にも豊かになって欲しい…』

そんな思いがそこにはありました。

 

山口さんの工場では、通常行われる分業制ではなくて、テーブル制にして、1人1人が全ての

工程に携わることで、分業では得られない生きた技術の習得を目指しているのです。番組では

触れられませんでしたが、ということはつまり、意識の高い者は、独立して自分の力で前に

進む事ができるという事でもあるのです。工場の中は空調などの環境を整えるばかりか、無料

で栄養ある食事まで提供していました。本当に涙が出るくらい素敵な女性でした。

 

山口さんは小学生時代にイジメに会い、その反動もあって、中学生では非行に走ったそうです。

そんな彼女を変えたのは、柔道との出会い。猛烈な練習の末、全国7位の成績を収め、勉学に

も精力を注ぎ、出身の工業高校からは初となる慶応大学に進学。そして、学生時代にバングラ

デシュに渡った時、途上国の貧困問題にどう自分が向き合えるのか考え始めたと言います。

悩んだ末に選んだ答えは、安い賃金と劣悪な環境で日々を過ごしている人たちと、輝き型を

一緒に見つけたいということでした。即座に大学を編入して2年間現地の大学院にまで進んで

います。

 

マザーハウスはバングラデシュで作るバッグだけでなく、スリランカやインドネシアなどの

途上国でも、ジュエリーなどを生産しています。そして、今、日本のマザーハウスで注目を

浴びているのが高級素材で作るストール。評判の素材は、2015年に大地震が起きたネパールの

繭農家が生産するシルクでした。

 

マザーハウスという社名は、マザー・テレサからヒントを得たと言います。ビジネスと社会

貢献の両立は無理だと言われる中、『誰かがババを引かなくても、上手く行くのでは?』と

突き進んできたそうです。バングラデシュで見つけた1つの麻袋から始まった1歩は、幾多の

苦境・困難に屈することなく、強い信念で今日に繋がっていました。

 

いきなりゴールを意識していたのではできなかったけれど『昨日よりは一歩前に進もう』と

いう姿勢で頑張って来れたそうです。それは、いじめから立ち直ろうとした時、いきなり教室

に入るのではなく、「今日は校門まで」「今日は下駄箱まで」といった、少しずつでも前に

進んだことで勝ち取れた経験がくれたもの…。

 

諦めそうになった時は『持っているカードを出しきったかな』と考えて、『まだ、できること

がある』と諦めずに頑張って来れたとか…。そんなマザーハウス代表、山口さんは全国各地から

講演会の誘いが頻繁にあるそうです。その聞き手は、女性が大半で、どの講演会も客で埋め尽く

されるとか。山口さんが語るのは、歩んできた苦難の道、そして、自分自身を鼓舞する信念です。

 

【世界で最も影響力のある100人】というのがありますが、山口さんもそんな一人に相応しい方

の様な…。いやぁ、本当に凄い人でした!! 映像の中では、サインや握手を求められていました

が、私もサインが欲しくなりましたよ…。久々に鳥肌が立つくらい素敵で素晴らしい人に出会え

たので、沢山の良い言葉を書き出して今回は、終わりたいと思います。

 

『輝き型を一緒に見つけたい』

 

『誰かがババを引かなくても、上手く行くのでは?』

 

『昨日よりは一歩前に進もう』

 

『持っているカードを出しきったか』

 

『つらい時間や経験は、絶対に無駄でも無意味でもない』

 

『大事なことは、どこまで続けるかという覚悟』

 

 

 

 

 

 

 

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死を目前にして、最後の願いを叶えてくれる【願いの車】

2017-9-19 NEW!

 

先日、NHKの7月9日放送のBS1スペシャル「ラスト・ドライブ」の再放送を見ました。

死を前にした人の最後の願いをかなえようという終活プロジェクトがヨーロッパで静かに

広がっているそうで、番組では、ドイツが取り上げられていました。

 

ドイツでは3年前から「願いの車」という名の車が旅を続けています。国籍も人種も問わ

ない無料のサービスです。普通ではお金がかかりすぎて実現できませんが、寄付で賄われ

るので、本当に夢のような話です。

 

医療従事経験のあるスタッフとボランティアが、本人や家族からの依頼をもとに人生最後

の旅のプランを作っていきます。同伴家族が居なくても介護師や救護資格を持った人など

ボランティアスタッフが無料で同行していくのです。

 

死にゆく人が最後に願う場所に行くお手伝いをする「ラストドライブ」。救急車を改造し

た車は「願いの車」と呼ばれ、ボランティアがラストドライブを介添えします。「死」と

いう人間の孤独な宿命と、人と生きることを考える番組ということでしたが、本当に色々

と考えさせられました。

 

番組を作られたディレクターさんは、心に残った言葉について、こう話されていました。

『家で死にたい末期患者を診ているお医者さんの言葉です。「ラストドライブ」そのも

のを否定する言葉ですが、名言だと思いました。

【願い事は、死の直前まで放ったらかしにせず、元気なうちに叶えておけばいいんです】』

 

印象に残った84歳で末期のがん患者マグダレーネさんの願いは亡くなった夫とよく行って

いた海。それも夫と行っていた海とは違う海に行きたいという願いでしたが、同行した

ボランティアの人たちの優しさ・思いやり…徐々に心を開いて喜びを言葉で表現出来るよ

うになっていくマグダレーネさん。

 

行った海はドイツを出たオランダの海。海岸には、既に終活で先行しているオランダが、

足の不自由な人でも海岸沿い…海水の近くまで行けるように作られた特別な手押し車。

本来、これほどまで病んでしまうと眺められない景色でも、叶えてもらえる…。本当に

幸せそうにしている笑顔のマグダレーネさんがとても印象的でした。

 

終末を迎えて逝く人たち、みんなが幸せに過ごせた訳ではないけれど、見知らぬ人でも

寄り添ってくれる人がいることが、どんなに心を癒してくれることか…。後日、願いが

叶った人を、旅に同行したボランティアが、再び訪ねて、『他に願いはないか』と訪ねると、

【何もない】…そう仕草で示したそうです。

 

尋ねた人は、最後の願いを叶えてもらったことで、

                       【死を受け入れる心構えができたのでは…】と話されていました。

1人1人、どんな終末を迎えていくのか分かりませんが、『願いの車』…

高齢者が多く、がん患者も多い日本でも、広がっていくような気がしました。

       とても感慨深く、また、とても素敵なお話でした。
 

 

 

 

 

 

 

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『年を経て』・・・詩集『道しるべ』より

2017-8-25 NEW!

 

年を経て

 

年を経て
ただ衰退するのは
悲し過ぎる
身体が不自由になるなら
せめて心は自由になりたい

 

年を経て
変わらない人もいる
本当に変わっていないのか
変わらない良さもある
変わりたいこともある

 

失うもの
捨て去るもの
獲得するもの
拾い上げるもの

 

生まれた意味
生きてきた意味
生き続ける意味
いつか終わる意味

 

生意気だけど
動じない ゆとり
包み込む 大きさ
優しい 笑顔
そんなものを極めたい

 

多分 どこまで行っても未熟者
だから しっかり感じて
たっぷり味わって
ゆっくり消化していきたい

 

年を超えた 仙人になれるかなぁ

 

                                                詩集『道しるべ』より

 

 

 

 

 

 

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平和祈念式典…平和宣言と平和への誓い(全文)…『本気で』

2017-8-7 NEW!

 

昨日は広島「原爆の日」。広島市の平和記念公園で「平和祈念式典」が開かれました。

『平和宣言』全文:広島市長

皆さん、72年前の今日、8月6日8時15分、広島の空に「絶対悪」が放たれ、立ち昇ったきのこ雲の下で何が起こったかを思い浮かべてみませんか。鋭い閃光がピカーッと走り、凄まじい放射線と熱線。ドーンという地響きと爆風。真っ暗闇の後に現れた景色のそこかしこには、男女の区別もつかないほど黒く焼け焦げて散らばる多数の屍。その間をぬって、髪は縮れ真っ黒い顔をした人々が、焼けただれ裸同然で剝がれた皮膚を垂らし、燃え広がる炎の中を水を求めてさまよう。目の前の川は死体で覆われ、河原は火傷(やけど)した半裸の人で足の踏み場もない。正に地獄です。「絶対悪」である原子爆弾は、きのこ雲の下で罪のない多くの人々に惨たらしい死をもたらしただけでなく、放射線障害や健康不安など心身に深い傷を残し、社会的な差別や偏見を生じさせ、辛うじて生き延びた人々の人生をも大きく歪めてしまいました。

このような地獄は、決して過去のものではありません。核兵器が存在し、その使用を仄めかす為政者がいる限り、いつ何時、遭遇するかもしれないものであり、惨たらしい目に遭うのは、あなたかもしれません。

それ故、皆さんには是非とも、被爆者の声を聞いてもらいたいと思います。15歳だった被爆者は、「地獄図の中で亡くなっていった知人、友人のことを偲ぶと、今でも耐えられない気持ちになります。」と言います。そして、「一人一人が生かされていることの有難さを感じ、慈愛の心、尊敬の念を抱いて周りに接していくことが世界平和実現への一歩ではないでしょうか。」と私たちに問い掛けます。

また、17歳だった被爆者は、「地球が破滅しないよう、核保有国の指導者たちは、核抑止という概念にとらわれず、一刻も早く原水爆を廃絶し、後世の人たちにかけがえのない地球を残すよう誠心誠意努力してほしい。」と語っています。

皆さん、このような被爆者の体験に根差した「良心」への問い掛けと為政者に対する「誠実」な対応への要請を我々のものとし、世界の人々に広げ、そして次の世代に受け渡していこうではありませんか。

為政者の皆さんには、特に、互いに相違点を認め合い、その相違点を克服するための努力を「誠実」に行っていただきたい。また、そのためには、核兵器の非人道性についての認識を深めた上で、自国のことのみに専念して他国を無視することなく、共に生きるための世界をつくる責務があるということを自覚しておくことが重要です。

市民社会は、既に核兵器というものが自国の安全保障にとって何の役にも立たないということを知り尽くし、核を管理することの危うさに気付いてもいます。核兵器の使用は、一発の威力が72年前の数千倍にもなった今、敵対国のみならず自国をも含む全世界の人々を地獄へと突き落とす行為であり、人類として決して許されない行為です。そのような核兵器を保有することは、人類全体に危険を及ぼすための巨額な費用投入にすぎないと言って差し支えありません。

今や世界中からの訪問者が年間170万人を超える平和記念公園ですが、これからもできるだけ多くの人々が訪れ、被爆の実相を見て、被爆者の証言を聴いていただきたい。そして、きのこ雲の下で何が起こったかを知り、被爆者の核兵器廃絶への願いを受け止めた上で、世界中に「共感」の輪を広げていただきたい。特に、若い人たちには、広島を訪れ、非核大使として友情の輪を広げていただきたい。広島は、世界の人々がそのための交流をし、行動を始める場であり続けます。

その広島が会長都市となって世界の7,400を超える都市で構成する平和首長会議は、市民社会において世界中の為政者が、核兵器廃絶に向け、「良心」に基づき国家の枠を超えた「誠実」な対応を行えるような環境づくりを後押ししていきます。

今年7月、国連では、核保有国や核の傘の下にある国々を除く122か国の賛同を得て、核兵器禁止条約を採択し、核兵器廃絶に向かう明確な決意が示されました。こうした中、各国政府は、「核兵器のない世界」に向けた取組を更に前進させなければなりません。

特に、日本政府には、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。」と明記している日本国憲法が掲げる平和主義を体現するためにも、核兵器禁止条約の締結促進を目指して核保有国と非核保有国との橋渡しに本気で取り組んでいただきたい。また、平均年齢が81歳を超えた被爆者をはじめ、放射線の影響により心身に苦しみを抱える多くの人々に寄り添い、その支援策を一層充実するとともに、「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めます。

私たちは、原爆犠牲者の御霊に心からの哀悼の誠を捧げ、世界の人々と共に、「絶対悪」である核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現に向けて力を尽くすことを誓います。

     平成29年8月6日 広島市長 松井一實


『平和への誓い』全文:子供代表

原子爆弾が投下される前の広島には、美しい自然がありました。
大好きな人の優しい笑顔、温もりがありました。
一緒に創るはずだった未来がありました。
広島には、当たり前の日常があったのです。

昭和20年(1945年)、8月6日午前8時15分、広島の街は焼け野原となりました。
広島の町を失ったのです。
多くの命、多くの夢を、失ったのです。

当時、小学生だった語り部の方は、「亡くなった母と姉を見ても涙が出なかった」と語ります。感情までも奪われた人がいたのです。

大切なものを奪われ、心の中に深い傷を負った広島の人々。しかし今、広島は、人々の笑顔が自然にあふれる街になりました。草や木であふれ、緑いっぱいの街になりました。
平和都市として、世界中の人に感心を持たれる街となりました。

あのまま人々が諦めてしまっていたら、復興への強い思いや願いを捨てていたら、苦しい中、必死で生きてきた人々がいなければ、今の広島はありません。

平和を考える場所、広島。
平和を誓う場所、広島。
未来を考えるスタートの場所、広島。

未来の人に、戦争の体験は不要です。しかし、戦争の事実を正しく学ぶことは必要です。

一人ひとりの命の重みを知ること、互いを認めあうこと、まっすぐ世界の人々に届く言葉で、あきらめず、粘り強く伝えていきます。

広島の子供の私たちが勇気を出し、心と心をつなぐ架け橋を築いていきます。

平成29年(2017年)8月6日こども代表
      広島市立大芝小学校6年 竹舛直柔
      広島市立中筋小学校6年 福永希実


内閣総理大臣の言葉もありましたが、平和憲法を変更しようとし、唯一の被爆国であるにも拘らず、国連の核兵器禁止条約の採択に不参加となった「中身のない人の言葉」は省略させて頂きます。市長の言葉『特に、日本政府には、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。」と明記している日本国憲法が掲げる平和主義を体現するためにも、核兵器禁止条約の締結促進を目指して核保有国と非核保有国との橋渡しに本気で取り組んでいただきたい。』
『本気で』という言葉・・・印象的でした。


 

 

 

 

 

 

 

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