ティータイム

天才 羽生棋士が変えた将棋界…心の強さを引き出す迷宮

2017-10-5 NEW!
カテゴリ:つぶやき

 

10月3日放送のアナザーストーリーズ「羽生善治 史上初の七冠制覇~ヒーローに翻弄された

男たち」ご覧になられましたか?

1996年2月14日。一人の若者が、前代未聞の偉業を成し遂げました。御存知、羽生善治棋士。

将棋界にある7つのタイトル「名人、竜王、王位、棋王、王座、棋聖、王将」を全て制覇して、

1,000年以上にも及ぶ将棋界において、史上初となる七冠制覇を成し遂げてしまったのです。

 

その大記録に日本中が将棋ブームとなって、棋士が公文の宣伝に出るという注目度。それまで

あり得なかったグッズ販売まで巻き起こってしまいました。しかし、七冠制覇の裏で、大きな

人生の分岐点に立たされた人たちがいたのです。

 

その一人目が、七冠をかける王将戦で、最後の対戦相手となった谷川浩司棋士。羽生の七冠

制覇を前年は阻止したものの、1996年には立て続けに3勝と羽生に先行され、その日も、なす

すべもない状態で終盤を迎えていました。1995年の闘いの後は、七冠への挑戦切符など、そう

そう得られるものではないから、翌年も同じように七冠を阻止するための闘いになるとは思っ

ていなかったそうです。

 

羽生さんが七冠を制覇した瞬間、報道陣は一斉に谷川さんの後ろに回って、谷川さんの背中

から羽生さんめがけてフラッシュを浴びせました。かつては自分が逆の立場だっただけに思い

出したくもない屈辱だったようですが、そんなシーンの前、まだ戦っている最中に、背後に

あったお菓子などを片付けるように主催者にすすめていたのですから、早い段階から覚悟を

決めておられたんですよね。

 

それでも、自分らしさを失って、まともに戦えなかった事に気づいていくと、再び王将戦の

タイトルを奪い返すまで復活していくところなど、流石の谷川さんでした。ボロボロに噛ま

れた将棋の駒は、負けず嫌いの谷川さんの性格が伺えて、面白く見させて頂きました。

 

羽生さんの小学生時代からのライバル森内俊之棋士。しかし、羽生さんは、いつも一歩先を

歩いていました。天才羽生の存在に人一倍苦しみ、なかなかタイトルも取れずに自分を見失っ

ていく森内さん。羽生さんとの対戦成績は、大きく水をあけられている訳ではなかったのに、

結果を出せずにいた森内さんが悩んだ末にたどり着いた答え。それは、自分の粘り強さでした。

 

そして、その粘り強さをフルに発揮できる、持ち時間の長い名人戦でタイトルを奪取すると

5期にわたってタイトルを奪取し、羽生さんより先に永世名人の資格を勝ち取ったのです。

 

それまでの将棋のイメージを変え、現代将棋のパイオニアとなって、今話題の藤井聡太棋士の

登場にも影響を与えたのではないかと思える羽生さん。それまでの将棋を軽んじたと様々な

バッシングを受け、苦しんだ革命時の羽生さんは、一時期は『自分は、道を踏み外してしまった

のではないか』とまで思い悩んだそうです。

そんなバッシングをはね除けての、七冠への2度目の挑戦…そして、勝利…凄い人です。

 

面白かったのは、小学生の時に作られたという飛車を3枚使う詰め将棋。飛車が3枚など、あり

えない話なんですが、将棋道場の先生に注意されると、『だって3枚ないと、つまんないんだ

もん』と返してきたそうです。常識、定石…そんな型にハマらない考え方が、強さの源なんで

しょうね。

 

将棋を始めて、たった2年で四段まで上り詰めたという羽生さん。AI将棋電王戦で君臨して

いるPonanzaがありますが、対抗できる数少ない棋士だと私は思っているのですが…

 

 

 

 

 

 

 

にほんブログ村 サラリーマン日記ブログへ

 

 

 

TOPへ戻る